いつもの朝

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ベッドの上、さっき女が半分バグった掛け布団を整えた。 窓に目を向けると、住宅街の屋根屋根が並んで見えた。 どこか懐かしさもある。 そのずっと向こうに大きな道路も走っている。 信号が赤なのか、長い渋滞が出来ていた。 窓を開けると、心地よい風が毛先に絡んで通り抜けた。 今のいままで、自分の髪の長さも気にしていなかった。 そっと自分で髪を撫で、毛先が肩より少し長いのだと知った。 「前髪は作って無いんだ……」 自分の事なのに、自分を知らない。 辺りを見渡して、誰の物かも分からない手鏡を覗き込んだ。 目、鼻、口。その一つひとつを確かめて、顔を見た。 これが私の顔。 改まって見ても、実感は持てなかった。 それにしても、ココは誰の部屋なのだろう。 名前も知らない男性のポスターが壁に貼ってある。 勉強机には、教科書よりもマニキュアの方が整頓されて置いてある。 ここにもう数日間いるけれど、その内に持ち主が帰宅するのだろうか。 「この手鏡……」 赤い丸い手鏡の裏面に、mayumiとマジックで書いてある。 「マユミ?」 さっきの女が私に向かってそう呼んでいた。 思わずゾクゾクっとして身震いした。 あの女は、私を誰かと間違えているのだ。 でも何故、私はここにいるのだろう。 頭が痛い。 ここに来た時の事を全く思い出せない。 どうやってここに来たのか。誰と来たのか。 覚えているのは、数日前の事だ。 しかしその時には、ここにいた。 大きなクラクションが遠くから聞こえてきた。 無意識に窓を閉めた。それでも足りずに耳をふさいだ。 聞きたくない音。耳障りな音。 まだ動悸がおさまらない。 壁に背中を付けて膝を抱えるようにしたままジッとしていた。 「あの音、もう二度と聞きたくないわ!」 長い時間を掛けて、気持ちがようやく落ち着いて来た。 六畳間の部屋には、机やタンス、本棚にベッドまであるから、自由になる床の広さも限られている。 本棚とタンスの隙間に隠れるように座っていると何だか落ち着けた。 「誰の?」 本棚の下には、古い小さなトロフィーが置いてあった。 「貰ったのは、マユミって娘だわ……」 見たことも無い彼女は今どこにいるのだろう。 あの女が間違えるくらいなのだから、自分はマユミって娘にどれだけ似ているのだろう。
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