見知らぬ男

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「マユミ!」 ベッドの上で目を覚ますと、女が枕元にいた。 驚いた私が身体を起こそうとすると、女の隣にいた男がそれを制した。 「動かなくていい!」 余りの恐怖心から、私は身体を強ばらせた。 「セイシロウさんが来てくれたわよ」 女は嬉しそうに笑顔を浮かべる。 それは何のための笑顔なのか、今の私には分かるはずもなかった。 「今日、会社の帰りにケーキ屋に寄ったんだ。マユミ、そこのチーズケーキ好きだろう?」 見ず知らずの男が、親しげに話し掛けてくる。 何故にこんな男の私生活を私に話し始めるのだろうか。 「今食べる? もう少し後にする?」 女が矢継ぎ早に問い掛けてくる。 私はただ二人を見比べる事しか出来ずにいた。 「先週のゴルフコンペは、なかなかだったよ。三番ホールのショートでバーディを取ったよ」 だから何? 何故、それを私に話すの? 私には、男の意図が分からなかった。 頭が痛い。気持ちが悪い。 無意識にこめかみ辺りに手を伸ばすと、女が「横になりなさい」と言った。 女に促されて、男も部屋を出て行く。 出入り口で立ち止まり、男は「また来るね!」と小声で呟いた。 こんな事なら、本物のマユミが戻ってくれば良いのに。 そして、私をここから追い出してくれれば良いのに。 涙が勝手にこぼれてきた。 怖かったし、心細くもある。 私は誰で、どうしてここにいるの。 何故、マユミ本人は戻って来ないの。 不安な気持ちが止めどなく湧いてくる。 心を落ち着させようとすればするほど、私の呼吸は自分でどうする事も出来なかった。
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