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「正直に言って、もう戻らない事も考えた方がいいような気がします」
二階から降りてきた男女に別の男が待っていた。
「いえ、待ちます。マユミはきっと……」
「もちろん、セイシロウになら娘を任せられる。それを気にしているんじゃないんです」
部屋の奥で待っていた男の頭には白いものが目立っていた。
「セイシロウさんにはまだ未来がある。娘よりももっと相応しい女がいる……」
「待ってくれるというのは母親としても嬉しい話だけど、セイシロウさんもご自身の未来を……」
「イヤイヤ、待ってください。私はマユミが記憶を取り戻してくれると信じています。一度だって疑ったことはないんです」
そんな言葉に女が涙を流した。
「母さん!」
老いた男がハンカチを手渡した。
「もう少しだけ、ワガママを言わせてください」
部屋を出て行く前に、男がそう二人に言った。
「また明日、お邪魔します」
若いのに律義な男がカバンを手に玄関へと向かった。
そんな彼を女が追った。
部屋に残った老いた男が、拳を畳に何度も叩きつけた。
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