フェンスの中

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「先輩、なんか暇潰しないっすか」  中学1年の夏だった。第何次になるのかわからないが、とにかくオカルトブーム世代の生まれとして無事にオカルト好きへと育っていた俺は、一世代前のオカルトブーム生まれであるその人に、そう詰め寄った。しかし、先輩の答えは一言だった。 「ない」 「そんな」 「ないものはない」  それで会話が終わってしまった。真昼間の公園は暑く、木陰のベンチとはいえ汗が垂れる。俺が溜息をつくと、背後の木でアブラゼミが鳴き出した。黙っていると余計に暑く感じる。 「じゃあ、涼しくなるようなことしませんか」  先輩は目線だけをこちらに向けた。短めな前髪の生え際に汗が光っている。 「百物語とか」 「くだらね」 「好きなくせに」 「お前の怪談はネットの都市伝説じゃねえか」  何も言えなかった。確かに俺の怪談の蒐集元はインターネットの、それも中高生向けサイトだった。そこに出回る話は、大抵は数年前から半年前に巨大掲示板で話し尽くされた物だ。先輩は巨大掲示板の住人なので、とうの昔に知っていることになる。  先輩を驚かせるなら、俺の体験談か自分の足で集めた巷の噂となる。人見知りで零感の俺には勝ち目がない。 「なら、肝試し」 「行き先のアテはあるのか」 「教えてください」  先輩は真っ直ぐ前を見つめた。その横顔は睨みつけているようでもある。何となくこめかみから頬へ伝う汗を見ていると、先輩はふと我に返ったように俺を見た。 「何見てんだコラ」 「不良っすか」  威嚇とともに放たれた肘鉄をかわす。 この人は成人のくせに短気で大人げない。 「大体、真昼に肝試しをして何が楽しいんだ」 「夜行くことにして、今は下見に行かねっすか」 「夜はバイトだ」  そういえば先輩はコンビニの夜勤帯店員なのだった。俺は不満の声を漏らした。結局、今日はこの人とできることが何もないのだ。 「さて、一度帰ってバイトの支度だ」  汗を拭って、先輩は立ち上がった。 「せめて肝試しに最適な場所を教えてください」 「知るか、自分で見つけろ」  そう言って上半身を右に左に捻っている。何かに気が付いたように動きを止めると、先輩はまだ座ったままの俺をみた。 「中学校の脇の、フェンスの中には入るな」 「え?」
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