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5歳の頃になると、私は来る日も来る日も脱走を繰り返すようになっていた。
アルシャインとの国境に繋がる村外れの森で、朝から晩まで過ごす。朝早くに父の部屋から本を拝借して森へ行き、昼寝や散策をして、夕暮れ時に家に帰る日々。
村外れの森は危ない獣が出るとされ、大人も子供も皆近付かない場所だった。だから森は、私の唯一の居場所だった。
父の部屋にあった本は、どれも幼い私には難しいものだった。しかし、次第に意味を取れるようになり、新たなことを知る喜びに胸を躍らせた。
散策も、する度に得ることが多く、森での時間は、村での辛いことを忘れるのに丁度良かった。
そんなことを繰り返していた、ある日のことだった。
あれは忘れもしない、17年前の夏の黄昏時。
突然、村中を大火が襲ったのだ。
私はその様子を、森から他人事の様に眺めていた。
大火は荒ぶる獣の様に、あっという間に村中を覆い尽くした。華のような火の粉が天に昇り、村人の悲鳴は赤の獣の咆哮に掻き消された。
炎は次第に膨張し、村も人も飲み込んでいく。
その映像は、私の瞳にはただ無機質に映し出されていた。
自分の家が飲み込まれた時、天高く炎の獣が嘶いた。その様に、私は恍惚とさえした程だった。それまでに炎は美しく、私は何をするでもなく、ただ村が燃えていくのを見つめていた。
炎が村を焼き尽くしたのか、黒煙が森まで届き始めると、流石に息苦しさを覚えた。煙が肺を刺激し、思わず咳き込む。
咳が止まらない。発作だった。
ヒュウと、気道から音が漏れる。
徐々に息苦しさは増していき、私は森の中でうずくまった。
煙はどんどんと森に流れてくる。
この業火だ、きっと誰も逃げられやしないだろう。散々振り回してしまったお医者さんも、焼かれてしまったに違いない。
あぁ、このまま私も死ぬのかな。
死んだらどうなるのか、それを考えたら怖かったが、そんなことよりも、この苦痛から解放されることへの幸せが勝っていた。
漸く解放されるのかな。
咳が止まらない。息が苦しい。
段々と、思考が停滞してきた。
濁った脳裏に走馬灯が写し出されることはなく、そのまま私の視界は暗転した。
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