むかしのこと。

4/6
前へ
/8ページ
次へ
次に目が覚めた時、目の前に見えたのは(多分)男の背中だった。どうやら背負われているらしい。 その背は温かく、その感覚に、私は生きていた事を悟る。その事に安堵すると同時に、死ねなかったことに対して落胆した。 意識を失う前の最後の記憶。 あれが正しいのなら、村も、家も、家族も…皆燃え尽きてしまったに違いない。 自由は掴んだ。もう、虐げられることもない。 しかし、帰る場所もない。病気を治してくれる医者も居ない。お金も無い。どうせ独り病に蝕まれ、苦しみながら死ぬのなら、私も一緒に灰になった方が良かったのではないか。 そう思う一方で、私を背負う(多分)男の背から感じるぬくもりに、安心感を覚えている自分がいた。 意識が鮮明になっていくと同時に、息の詰まるような肺の痛みが押し寄せてきた。胸が苦しくなり、盛大に咳き込む。 「お、やっと起きたか」 笑いを含んだ男の声が聞こえたと同時に、揺れが止まる。それが私に向けられたものと気付いた瞬間、私の身体は僅かに宙に浮いた。どうやら体勢を直したらしい。私の頭が男の肩より高い位置に移動し、視界が開ける。 知らない場所に来ていた。ただとりあえずわかることは、ここがかなり栄えている街ということだけだ。舗装は綺麗で、家屋等の建物も多い。 道の脇には花壇があり、色とりどりの花が咲いている。これらも誰かに管理されているのだろう。 目の前の建物を見上げると、朝日が逆光となり、瞳を突き刺した。反射的に目を細める。恐らく時刻は早朝。街の規模と比べて、道に人の気配はない。 ふと男の顔を見る。 私を背負っていたのは、鈍色の髪の男だった。 後ろからなので、しっかりと顔が伺える訳ではない。しかし肌は浅黒く、所々が煤埃にまみれていた。男の身に付けている元は白であったであろうマフラーも、煤で灰色に汚れている。この男があの大火の現場から私を助けてくれたのだろうか。 この男は一体何者なのだろう。何故私を助けたのだろうか。 そんな疑問が脳裏を過ったが、このタイミングで訊くのも野暮だろうと、開きかけた口を閉ざす。 鳥の囀りをBGMに、男は黙々と進む。 朝のひんやりとした空気と男の体温が心地よく、私は再び微睡みの中に落ちていった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加