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「―――という話をどこかで聞いてさ」
それだけ言うと、私は香ばしい薫りがするチキンを頬張った。カリカリの皮と柔らかい身の間に溜まっていた肉汁が、口の中で溢れ出す。香草の風味と鶏肉の旨味が溶けだし、ワルツを踊りながら混ざり合う。
「へぇ。またそれは大変なことだな」
目の前の私とさして背丈の変わらない青年…トキアは、たいして面白くも無さそうに、頬杖をついてフォークを玩ぶ。行儀が悪いと無言でたしなめると、トキアはフォークを置き、ママさん特製のアップルシードルに口をつけた。
「まぁな、彼女も大変だったのかもな」
私もトキアに倣うように黄金色のアップルシードルを飲み下す。炭酸の喉を痺れさせる様な感覚と、酸味と甘み。鼻を通るミントの香りが後を引く。
久々に酒を一気に飲み干したせいか、喉が火照るように熱を持っていた。
トキアは怪訝そうな目を私に向ける。
「どうしたんだよシエラ、らしくないじゃん。
酒一気飲みしたり、いきなり身の上話を始めたり」
知ってる。私も同じことを思っているよ。
明日が非番だからって酒を入れたら、疲れていたのか今日は回りが早かっただけ。そして、ちょっと昔のことを思い出しただけ。
「…ほら、時にはそんな話をしたくなる時が誰にだってあるだろ?そういうことだよ」
「…ふーん。まぁいいけど」
空になったグラスを指で軽く弾き、私は柄にもなくヘラリと笑ってみせた。
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