勇者はピンチ

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 根津という名字は、特別に珍しい名ではないが、さりとてよくある名前でもない。同一人物かどうかは確認が必要だろう。  頭の片隅でそんなことを考えつつ、しかし俺の口は思考とは裏腹な、心にもないことをぺらぺらと喋っていた。 「決定…って言われても、俺、もうすでに他のクラブに入っちゃってるし、どうしようかなぁ……困ったなぁ」 「そちらはやめてもらう。この時期ならまだ転部も可能だ」 「……じゃあ、たとえばギルドに移るとして、俺にどんなメリットがあるわけ?」  いかにも交渉の余地ありといった風に思わせぶりに問いかけると、パンダマスクたちは口々にメリットを並べ立て始めた。  「…メリット? なんか聞いてるか?」「ギルドに所属するメリット…」「頭の良くなる薬が手に入る」「超人になれる」「マスクが被れる」「マントを羽織れる」「マスターと同じ空気が吸える」「魔法使いになれる」「本部の受付の子がかわいい」「あ、おまえみっちゃん狙いかよ」「みっちゃんはみんなのアイドルだぞ」「抜け駆け禁止」「俺はマスター一筋だ」「僕はマツリ様が好き」「マツリ様はニヒルな感じがカッコいいよな」などなど……。 「……」  ――明らかにおかしなメリットが多々含まれている気がするのだが……。というかギルドの魅力がまったく伝わってこない項目ばかりで、ますます入る気が失せた。みっちゃんとかマツリ様とか誰だよ…知らねえよ…。  しかし、俺の真の狙いはギルドに所属するメリットを聞き出すことではなく、パンダマスクたちの油断を誘うことだったので、その目的は十分に果たされたと云える。  問いを投げかけたことによってその場の空気が緩み、俺からパンダマスクたちの注意が上手い具合に逸れてくれたようだ。
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