16843人が本棚に入れています
本棚に追加
/1282ページ
魔王を苛める相手は、いつしか同級生だけでなく上級生も加わるようになっていた。
俺は校庭の片隅や廊下の隅っこで上級生にからまれる魔王を、見て見ぬふりしてやり過ごした。
一度だけ目が合ったが、……助けを求められることはなかった。
他に庇う人間はいなかった。
前世で人間を虫けらのように殺しまくっていた魔王が、人間のガキどもにいいようにやられている姿は惨めだった。
魔王は背も低く、身体も細くて、顔は悪人面だが繊細な少女のように小作りで、とにかく華奢だった。
その華奢な体が、体育の授業中、俺の目の前で吹っ飛んだ。
今日の授業は、ドッジボールだった。
クラスで一番体格のよい、しかもドッジの申し子と呼ばれる長谷(はせ)が魔王の側頭部にボールを当てたのだ。
それが命中した魔王の身体が、横向きに吹っ飛んで地面に叩き付けられた。
すごい音がしたし、むき出しだった膝小僧は地面に擦れて皮がめくれ、すぐに血が滲み出てきた。魔王の血は赤かった。……そんなことに今更俺は衝撃を受けた。
魔王はもう人間なのだと、ようやく認識した瞬間だった。
「鈴木! 大丈夫か!?」
審判をしていた担任教師が慌てて魔王に駆け寄った。
しかし、魔王は血を流しながらも自力で立ち上がり、「大丈夫だ」といつもの偉そうな口調で言い切った。
「かまわずゲームを続けろ」
ドッジボールのルールで頭部にボールがあてられてもそれは無効になる。
つまり当たっても外野にいくことなくコートの中にとどまって試合を続けられるのだが、魔王の状態でこのままゲームを続行できるわけがない。たとえ教師じゃなくても止めるだろう。
長谷も若干青ざめている。
(ぜってぇ狙ってたしな)
長谷は普段から魔王に嫌がらせをしている奴らの一員だ。
そのくらいは平気でやってもおかしくない。
「いや、すぐ保健室に行って手当しなくては…」
「俺は魔王だからこんなケガなどどうともない」
言い出したら聞かないのが魔王である。担任は、このわけのわからない主張をする問題児をどう説得すべきかと困り顔になった。
最初のコメントを投稿しよう!