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ただの人間であるはずの魔王は、廊下を歩きながらもっともらしい反論をしてきた。
「奇妙なことを言う。見ているだけの者が痛みを感じるはずなかろう」
授業中の誰もいない廊下に奴のやけに落ちついた声が響く。
俺はぐっと詰まってから、そっぽをむいてこたえた。
「気分の問題だよ、気分の」
「他人の痛みを知れ、というアレか」
「……わかるのか?」
「我とて学ぶ。人間は愚かで蒙昧だ」
「人間をバカにすんな」
「痛みを他者が肩代わりすることなどできぬよ。戯言だ」
ムカついた。
一理あると一瞬納得しかけた自分にも、平然と言ってのけた魔王にも。
「たとえそうでも…!」
俺は奴の傷ついた手をハンカチごと掴んで握りしめる。
「俺は痛いんだよ!」
理屈なんてくそくらえだ。
俺は魔王がケガをしても平然としているのが気に食わない。
――どうしても気に食わないのだ。
魔王は転生しても嫌な奴で、人間を馬鹿にしていて、いじめっ子の靴にウサギの糞をいれるような陰湿なタチで、全然クラスにも馴染まないし、ボッチで俺に迷惑かけまくるし、そのくせ偉そうだし、きっと今でも俺を配下だと思ってるし、本当にろくでもない。
でも。
奴が無駄に傷つけばいいとは思えないのだ。
大概は自業自得だと見て見ぬふりをしているけれど、それを望んでいるわけでは決してない。
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