兄の虚実

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「……本当に、なにをしているんでしょうね、私は」  弟の身体が力を失い、ずるりとソファーに倒れ込むのをただ眺めるだけだった渉の口から、どこか精彩を欠いた呟きが漏れた。  食事は途中だったが、もはやこれ以上食べ物が喉を通るとは思えなく、立ち上がって弟の眠るソファー脇まで移動する。  薬によって強制的に眠らされた弟は、眉間にシワを寄せた険しい顔で横たわっていた。  それを見下ろす渉の顔にも、後悔に似た苦汁が滲む。  こんな…弟の意思を捻じ曲げる強引な真似をすれば、今世でも心はきっと離れていくばかりである。――前世でそうだったように。  だが……、たとえ弟の信頼を失うことになったとしても、許せなかった。 「君が誰かに傷を負わされるのが、こんなにも腹立たしいなんて」  傷つけられても、絶対に頼ってこない強情な弟が、こんなにも、腹立たしく、もどかしく、憎らしく、――愛しいなんて、 (たいがい私も歪んでますね)  愛情は言い訳にならないし、過ぎればそれも毒でしかない。  渉は口元に自嘲の笑みを浮かべ、ゆるめに締められていた弟のネクタイを解いて襟を開く。   白い包帯の巻かれた首が露わになった。 「……あまり傷つかないでください」  過去と現在が心を揺さぶり、感情をかき乱す。 「君をここへ呼び寄せたことを、後悔しそうになる」  たとえ、そうせねばならない理由があったとしても、間違っていたのではないかと迷いと不安が生じる。  真実を告げたところで、この弟は自分の信念を曲げないし、変わることもないだろう。  これで存外プライドが高く、自分の力を過信し、それゆえに自らの命を軽んじる傾向にあった。  生きたいという希求よりも、己の生き様こそを貴ぶような、――そんな青くさいところもあるのだ。
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