兄の虚実

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「君を、どこか、誰にも触れられない場所へ閉じ込めたくなる」  たとえ、それが許されざる行為だとしても、ふとそんな馬鹿げた妄想にとり憑かれそうになることがあった。  胸にはびこる恐れと不安は本物だからこそ、誤った方向へと気持ちが駆り立てられることが。 「戦えと、あんなにはっきりと許可までだしたのに、――私の言葉ではあなたの中の枷を外せませんか」  かつて勇者は、決して人に聖剣を向けなかった。  あれは魔を切る剣だと言い張って、最後まで己を曲げなかった。  己が勇者であることに不満を抱きつつも、彼は彼なりに勇者であろうとしたのだろう。  人々の――希望たらんと。  そんなひねくれものの『元勇者』は、転生してずいぶん丸くなった。  渉はソファーに片膝をつき、ネクタイの次は、弟の首に巻かれた包帯を解きにかかる。  いびつに巻かれた包帯を丁寧に外していきながら意識のない弟に囁きかけた。 「これを巻いたのは誰ですか?」  弟は、実はけっこう手先が器用だ。  所々でよれたり歪(ゆが)んだりしている包帯の有様は、弟が自分で巻いたにしては下手糞すぎる。  自らの能力をひけらかすことを良しとせず、なるべく目立たないよう心掛けて生きているから気づかれにくいが、弟のスペックは意外と高い。  家事なども一通りなんなくこなすし、包丁の扱い方など神業級だし、アホっぽい言動が多いわりには、どの教科テストでも平均点は確実にクリアしているし、スポーツも手抜きさえしなければ、どんな競技でもそこそこの成績を修める程度の身体能力は持っている。  つまり、弟になにが一番足りないのかと言えば単純に「やる気」だった。……逆に、それが生きていく上で一番大事なファクターであると言えなくもないが。
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