兄の虚実

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 加えて、「やる気」のない弟は普通であることに並々ならぬ執着心があるので、果たして今後その能力が日の目を見る日が来るのかどうかは、おおいに謎だし怪しい。  ……もっとも、渉自身もべつにそれで困ることはない。  弟の出来が悪かろうが、やる気に欠けていようが、だらけた姿を見れば嫌味の一つくらい言うだろうが、それだけだ。  父の後は自分が継げばいいのだし、弟は好きに…望むように生きればいいと、そう思っていた。  ――つい最近までは。 (これはエゴだ)  どうしてこんなに歪んでしまったのだろう。  どこから、なぜ――  自分の心に問いかけても、複雑に絡まってしまった毛糸のように、それを解くのは難しい。  あっけなく取り去ることができた包帯みたいには解(ほど)けてはくれない。  独占欲なのか支配欲なのか保護欲なのか、あるいは依存なのか。  ただ、繋ぎ留めたい。  繋ぎとめて、その存在を確固たるものにしたい。  そのためならば……  身体を奪って、支配して、囲い込んで――  不埒な方向へと走りはじめる思考を、まだ辛うじて残っている理性が押しとどめた。 (……馬鹿げたことを)  そんなことで手に入るような相手なら、とっくの昔にそうしている。 「わかっている」  ――たとえそうしたところでなんの意味もないということは。  それでも、繋ぎとめるために屈服させたいと欲す青い炎のような情念が、腹の底でじりじりと身を焦がすのだ。  弟はこの学園に来て変わった。  何がどうとも言えないが、最近の弟はらしくもなく活動的であり、能動的だ。    ――その証拠が、弟の首に忌々しいほどにくっきりと残され、目の前にある。
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