兄の虚実

6/12
16836人が本棚に入れています
本棚に追加
/1282ページ
 このところ、自分がいささか神経質になりすぎているきらいがあることは自覚している。  ――弟が学園に来ても、もっと冷静に対処できると甘く見積もっていた。 (とんだ誤算ですよ)  だが予測していてしかるべきだった。  昔から――この弟にはさんざん振り回されていたのだから。  入寮からこっち、島に着いて早々に騒ぎを起こし、反省房入りし、ちょっと目を離した隙に死にかけたり、新聞沙汰になったり、急所を締められたりと落ち着く暇もなく次から次へと冷や冷やさせられ通しで心の休まる暇もない。  まだ入学から二か月弱にも関わらず、騒動に巻き込まれ過ぎである。  おまけに裏風紀にまで勝手に所属する始末だ。あんな苛酷で人使いの荒いブラック組織になぜ自ら望んで関わろうとするのか理解不能である。せめて一言相談があっても良さそうなものなのに、事後承諾だったのも腹立たしい。  平凡に、目立たず騒がず大人しく生きたいなどと、どの口が言うのだ。まるで真逆ではないか。  そんなきかん坊な弟にお灸を据えるのは、兄として当然の権利である。 「……さて、お仕置きの時間だよ、翔」  無抵抗の弟に圧し掛かる自分は、きっと清廉さからはほど遠く、いっそ悪辣にすら見えるだろう。 『天地開闢の祖にして全知全能を司るリリスリアージュ=サイレンシス=カシアス=ル=エンジューンよ。我の祈りに応えたまへ』  何千回…いや、数え切れぬほど諳んじてきた起句を唱えた渉は、ゆっくりと弟に顔を近づけた。  世界を違えた今も尚、神はその申し子を穢す罪咎に身を投じた己にさえ寛大に応じ、己はその御業の残滓に縋って恩恵を享受する。 『この者に、女神の忠実な僕(しもべ)たるハーヴェス=トール=ライリーヒンの名において癒しと再生の息吹を与えん」  もし――、神が真実正しき存在ならば、自分は天の雷に貫かれていてもおかしくはないだろうに…。
/1282ページ

最初のコメントを投稿しよう!