勇者は捕獲

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 ――完全に油断していたし、そもそも疑ってもいなかった。      コーヒーを飲み切った俺は、脱力感と急速な眠気に襲われた。 (なんだ…これ…?)  紙製のカップが手から滑り落ち、軽い音をたてて床の上を転がる。  しかし、落としたカップを拾おうにも、もう俺の身体はソファーから立ち上がることが出来なくなっていた。  まさかと思いつつ向かいの席の兄を見ると、無機的なレンズ越しにこちらを観察する冷静な双眸と目が合い、――その眼差しを見て確信する。  この体の変調は、兄の仕業であると。  「てめ…クソあに…き…」  ブラコンが聞いて呆れる。  コーヒーになんか盛りやがったな…!? 「無茶な真似をしたらお仕置きだよって言ったよね」  正しいのは自分だと言いたげな口調だった。当然の顛末だと揺らぎなくこちらを見下ろす瞳がそう語っていた。 2139aac8-96b7-4a59-92a3-268a8d6a85d1  頭を振り、額に手をあてがってこめかみを指で押さえても眠気は失せず、意識よりも先に身体の方が負けてソファーの上を滑りおちようとする。  それを片腕で必死で支え、かすんできた目で平然と端座する兄を睨んだ。 「やりすぎ、だろーが…っ」  いくらなんでも本気で薬を盛るとか、うちの兄貴はマジ頭おかしい。 「おとー…とに…なに…してん……だ…」  ――最後まで言い切れたかどうかわからない。  すでに焦点が定まらないほどに視界が歪んでいた。  兄がどんな顔をしてまんまと騙された俺を見ているのかもわからない。  俺の中に生まれた怒りも失望も悔しさもなにもかもを飲み込んで、視界が閉じてゆく。  せめてもの抵抗で食いしばっていた奥歯も、顎の力が抜ければ自然と開いた。  全身に広がる虚脱感に抗う術もなく、強い眠気に引きずり込まれ、俺の意識はことりと途絶え、深い眠りに落とされた……。
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