鬱と躁

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鬱と躁

「鬱とか躁とかって、ウッソ~でしょ?」   モンスターがくだらない駄洒落を言う。 「毛塚さん、冷やかしで病院来るのやめてもらえません?」   彼は自称ジャーナリストだ。【blackbroken】というブラック企業をテーマとしたベストセラーを手がける。  「別に冷やかしてなんかいませんよ。私も20代の頃に鬱で苦しみましたから」   どうせ、嘘だ。それにしても、彼は鋭い。  精神医学の暗部に辿り着くとは…。  躁病鬱病を開発したのは、精神医学会の権威である闇原仙太郎だ。あの世界大戦の少し手前、大日本帝国は2つの人種で分かれていた。   『そうだ!やっちまえ!アメリカなんか倒しちまえ』の、躁類。  『ウッ、家族が死ぬのは耐えられない』の、鬱類。 躁類と鬱類は度々争い、時には死者も出た。   そして、両方とも医者にこう言った。  『俺って可笑しいんですか?』  フロイトやユングなどの哲学論を、患者に振りかざしても誰も納得しない。   闇原は、帝国からモルモットの回収を命令されていた。背けば軍法会議の後、公開処刑だ。  『そうだ!躁病と鬱病だ』   そして、もっとも正常な人たちが狂った国家の犠牲になった。それが、鬱病躁病のはじまりだ。   山崎はいつの間にか涙を流していた。   死んだ姉がいつも聞いていた、尾崎豊の【闇の告白】がリフレインしていた。  「躁鬱病は、ウッと、そうだ!に常に苛まれている」    嘘つきは泥棒のはじまり?いや、嘘つきは躁鬱病のはじまりだ。反戦者の正義は、国家によって嘘にされてしまった。  「僕はさぁ、たまに記憶がなくなることがあるんだ。コレってアルツハイマー?」   毛塚が砕けた調子で言った。  「忘れたことを自覚しているなら、それは鬱病だ」 「ハハハ、僕を自殺脳で殺すつもりですか?」   自殺脳なんて病気はない。葛城礼一が流行らせた社会病理だ。正式名称は、【賦活症候群】だ。 「葛城はフカツショウコウグンで死んだんだ」  「深津症候群?深津絵里っすか?スミレさ~んっすか?」   毛塚の屈託の明るさに殺意が芽生えた。  「精神安定剤を中断したことによる離脱症状だ」   毛塚の目が猟犬のように鋭くなった。 「葛城さんを自殺に追い込んだの、先生だよね?」 どうやら俺の負けらしい。  「あんたデカ?参ったよねぇ、全部姉貴のせいだ」 この男、殺すしかないな。
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