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くたびれたビルに挟まれた、薄暗い路地。
ここは移民たちの居住区であるらしい。
そこかしにゴミや段ボールが堆積しているせいで、車の通れるスペースはかなり狭く、ゆっくりとしか進めない。
頭上には幾本ものひもが張られ、黄ばんだ洗濯物がぶら下がっている。
バシャっという水音が聞こえてきた。
誰かが窓から排水でも捨てたのだろう。
衛生観念の欠落した裏通りは――不穏であった。
立ちこめる悪臭も、屋根がなければ防ぎようがない。
焦燥に駆られるが、スピードも出せない。
滅入る気持ちを少しでも紛らわせようと、ノエルはセンターパネルに手を伸ばした。
EMラジオの牧歌さを取り戻したかったのである。
だが、そのとき――
手がボタンに触れる前に、ラジオがひとりでに起動した。
ミカたんの可愛らしい声が、車載スピーカーから爆音であふれ出した。
『はっじまぁるよ~~~~~!!』
静かな路地に、響き渡るミカたん。
途端――銃撃音があたりをつんざいた。
ノエルの頭上へ粉砕されたガラス片が降ってくる。
「あ?」
ノエルの口から気の抜けた声が漏れる。
ノエルはアクセルを踏み込んだ。
間一髪、ガラス片は後部座席を引き裂くに留まった。
しかし銃撃音は鳴り止まず、ノエルの頭上には次々とガラス片が降り注ぐ。
スピードを上げて突っ切りたいのだが、散乱したゴミのためにそれができない。ハンドルとアクセルで、なんとか自分の身だけは回避していくノエル。
ガラス片に刻まれて、光沢を失っていくビビッドレッド。
頭上からは男たちの怒声が聞こえてくる。
だが声も銃撃も、ノエルに向けられたものではなかった。
左側のビルの4階付近で揉め事があり、そのとばっちりに会っているようだ。
「だぁああああ! 屋根ええええええ!」
ノエルの悲痛な叫びは、しかし銃撃音にかき消される。
EMラジオからは、軽快なジャズが流れっ放しになっていた。
ビルは内部がつながっているのか、ガラスはのべつまくなし降ってくる……
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