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「あ、アンナさん。お支払いはもう結構ですので……」
「そうなの?」
店長は精一杯の声を、喉の奥からしぼり出す。
「本日は……お帰り願えないでしょうか……」
「え、気のせいかな? いま、わたしに帰れって言わなかった?」
「アンナさん……ハアハア……お帰りを……ハア……ください……」
過呼吸のようになりながらも、絶え絶えに言葉をつなぐ店長。
「バックス……表の看板はあなたの意志なのね?」
「そうです……あれはわたしらの意志です……」
「へえ。」
「頑張れバックス……頑張るんだ……わたしはこの日に向けて……厳しいトレーニングに耐えてきたんじゃないか……」
伏し目がちだった店長が、勃然、自身にエールを送りはじめた。
「ようやく建て直したこの店を……また破壊されるわけにはいかないんだっ!」
店長は歯を食い縛ると、3つのカクテルシェーカーを両手に構えた。
「アンナさん、見ていてください!」
店長はシェーカーをキッチンに叩きつけると、カウンターに並べてあった酒瓶を次々に注いでいった。
それが終わるとすべてのシェーカーに蓋をして、おしぼりできれいに水分を拭き取った。
「これがわたしの高次元シェーカーです!」
カウンターに並んだ3つのシェーカーを、目にも留まらぬ速さでシェイクしてゆく店長。
ときには1つ、ときには2つ、ときには3つ同時に、巧みな技でかき混ぜていった。
「おおぉぉ!」
美技を披露する店長に、アンナは目を輝かせた。
「わたしはついに発明したのです。数種のアルコール、プロテイン、ステロイド、テストステロン……それらを精緻にかき混ぜることによって、『バグ』に似た現象を人為的に発生させるカクテルの作り方を!」
店長は3つのシェーカーを、巨大な銀盃に注いだ。
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