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行商が立ち往生しているのを認めて、ノエルは車を停めた。
運搬用の馬が、暑さでへばったようである。
フードを目深に被った行商が、ひたひたと近付いてきた。
「水を売ってくれねえですケェ?」
行商はすまなさそうに言った。
「行商が水を切らすなんて、何かあったのか?」
「賊ですケェ。一番安ィ水の袋を捨ててェ、逃げてきたんですケェ。」
そういうと行商は銀貨を1枚、ノエルに差し出す。
「安ィといっても、乾いたトコじゃあ高く売れますケェ。」
だがノエルは金を受け取らずに、
「おれはすぐ次の街に着く。好きなだけ持っていくといい。」
とトランクを開けた。
「ありがてえですケェ。」
行商はトランクから水の入ったタンクを下ろすと、まずは桶に水を張る。それから自分のコップにも水を注いで、ぐびぐび飲み干した。
馬のほうも水の匂いを感じたのか、ゆっくりと立ち上がる。
そこで――馬だと思っていたものが少し違っていたことに気付く。
普通の馬よりも足が太く、鳥のかぎ爪のようになっていた。
「なんだ、『バグ』だったのか?」
ノエルは行商に声をかけた。
「へえ。こいつだけじゃねえですケェ。」
行商が目深に被ったフードを取り払うと、湿った肌があらわれた。
こちらは両生類といったようなぬらぬらした肌で、目玉も飛び出している。
「あんたも『バグ』だったのか。」
「これも神サマの思し召しですケェロケロケロっ!」
行商は耳まで裂けた口を、ぱっくりと開けて笑った。
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