Scene1 銃弾《ブレット》なんてさようなら

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             ***  行商と別れてほどなく、アヴァルスの街が見えてきた。  山間部に囲まれた海辺の街は、豊かな水資源と開かれた港によって栄えている。  白壁のまぶしい居住区も景観がよく、穏やかであった。  買い物袋を一杯にして歩く若い女性。  犬を連れ歩く青年。  道路に椅子を持ち出して編物をする老婆。  窓越しに声をかけあう奥様方。  広場はかけっこに興じる子供たちの甲高い声にあふれている。ベランダには植物が茂り、中庭(パティオ)の池は水をたたえていた。  そんな中、路地を徐行するノエルは――人々の笑いの種になっていた。  風にかき乱された黒髪が、巻き貝のように逆立っていた。 「まずは宿だな。」  とっととシャワーを浴びるべきだろう――  気にしないフリをして衆人環視を抜けるノエル。  腹の内では悶々と、車を手配した者への恨みを募らせた。  ノエルは、ボードゲームに熱中するふたりの老人に、宿を知らないかと尋ねた。  老人は盤上から少しも目を離さずに、道を指差した。 「ありがとよ、じいさん。」  老人は黙ったまま、サムズアップでこたえた。  
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