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僕は踏み出しかけた足を止め、その花を凝視したまま固まってしまった。
風は吹いていない、コスモスが枯れる様子もない、まったくなんの動きも前触れもない状態から突然花びらが落ちた。
とはいえそこまで不思議な光景ではない──はずなのに、なぜか背中に電流が走ったかのような衝撃があった。
そこまで不思議な光景ではないならば、本当に何気なく視線を離すはずだけれど、わざと意識的に目を逸らさなければいけなかった。
僕は留めた目と足を再び動かし歩き始めた。
しかし人は怖いものをなんとなく確認したくなってしまうもので、僕は歩きながらまた何気なく、いや、今度は恐怖混じりに、また別のコスモスを見てしまった。
するとその花から、ぽとり、と一枚だけ花びらが落ちた。
今度はその光景の不可思議さに確信が持てた。
何が変わったわけではないけれど何となく、これは普通じゃないと思った。普通ではありえないと思った。
僕の中の危険信号が鳴り、僕は駆け足とも早歩きともとれない速さで歩き始め、そして今度は絶対にコスモスを見ないようにした。
ところが、僕は見ていないはずなのに、見ないようにしているはずなのに、僕が進む横で花びらはひとりでに落ちていった。
次々つぎつぎ、ぽとり、ぽとり、ぽとり、と進むたびに花びらが落ちていく。
僕は耐えきれず、恐怖に駆られてついに駆け出した。
しかしコスモスもそれに合わせて、雨が降るように次々と花びらを落とした。
まるでなにかが追いかけてきているような感覚が全身にまとわりつき、頭が痺れるように重くなり、腕や脚が夢の中にいるかのようにもつれる。
それでもなんとか逃げ続けていたけれど、ついにはコスモスが両脇から壁のように迫ってきた。
花びらを一枚落としながら。
視界を遮るほどに高くなったコスモスが腕に脚に絡まる。
僕はその壁の間を夢中でかきわけ進んだが、しかしついにその繁るツタに足をとられ転んでしまった。
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