第一章

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 思わず起こる眩暈に耐え、俺は先輩の元へと駆け寄った。 「すいません、先輩!」  大きく肩で息をする俺を見、先輩は心配そうに眉を下げて、膝に手をついた俺の背中を擦ってくれる。  ああ、なんて優しい人なんだろう。先輩の温もりが全身に広がって、全ての疲労が抜け落ちていくようだ。 「湯原くん? どうしたの? そんなに走って」 「すいません! 俺、その……先輩の返事、気がつかなくて」  息は未だ切れている。走って来た事も原因の一つだろうが、佐々木先輩を前にした俺が平常心で居られる訳がない。ぜぇぜぇと肺が苦しそうに唸る中、俺は大きく息を吸い、大声で叫んだ。 「俺、先輩の事が好きです! 昨日、先輩の下駄箱に手紙を入れたの。俺です!」  先輩は、驚いたように目を開いて俺を見つめている。その大きな瞳に吸い込まれそうになる心臓を抑え、必死に見つめ返した。 「……っ」  ゆっくりと、小さな可愛らしい唇が空気を含むように動く。その隙間から、声は発せられていないようだ。俺が一番喜ぶ言葉を選んでくれているのだろう。  さすが、その存在が世界平和に繋がるお人だけある。先輩の深い愛情が、感動の余り俺の全身を震わせていた。 「……湯原くん」  恥ずかしそうに視線を落とす先輩に、思わず手が伸びそうになる。散々妄想した告白のシチュエーションが脳裏を巡るが、今は先輩の言葉を遮る訳にはいかないと、必死に堪える。  その透き通った声が、俺への愛を紡ぐ時がやってきたのだ。ボイスレコーダーを隠し持っておけば良かった、との後悔と同時。  ――全くお呼びではない輩が、その存在を主張して来た。 「ってか、なに? お前、ホモなん?」  この最高にロマンチックな空気をぶち壊した悪魔を、俺は睨みつけた。 「蓮井さんは黙っててください!」 「なんや? 俺のこと知ってるんかいな?」 「当たり前っすよ! 佐々木先輩の誕生日や身長の基本情報から、友人関係までばっちりこの頭に入ってますから! 俺のリサーチ力を舐めないでください!」 「……ストーカーやん。怖いわぁ」
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