第一章

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 蓮井はそう言って、わざとらしく身震いをしてみせる。本当に、コイツはなんでこうも邪魔をするのだろうか。  蓮井なんかほっといて、俺は先輩からの愛の言葉を待とう。そう心に決め、再び先輩へと体を向けた時、黙ってくれと頼んだはずの口が喋り出す。 「よう本人の前で、そんな変態発言できるなあ……。気持ち悪いで」  ――気持ちが悪い?  何を言っているのだ、この邪魔者は。  この気持ちは正真正銘、ピュアな恋心だけを詰め込んだとても綺麗な感情だ。人様に気持ち悪いだなんて言われる筋合いはない。 「郁も、断るならはっきり断りや。黙ってたら、この変態の仲間や思われるで」  俺はただ、先輩が好きで、自分のものにしたいと思っているだけ。それは純粋な、誰もが抱く恋心だ。蓮井にとやかく言われる覚えはない。部外者は黙っていてくれ。 「ちゅーか、こんな男と付き合ったら、そこらかしこで好きやなんや言われるに決まっとるやん。学校中に、郁はホモやって噂が広まるんやで? 皆が皆、同性愛を祝ってくれる世の中やない事は分かるやろ?」  ――その時、自分の行動がいかに軽率だったかを思い知る事になる。 「ホモ……?」  ぽつりと先輩が呟いた言葉。そこに拒絶の意が乗っているように思え、思わず全身の血の気が引いた。  正直、男同士だからと言って、俺の中では何の疑問も浮かばなかった。だって、俺は佐々木先輩が好きだから。この気持ちは他に言い表しようがない。恋である。  ただ、他所から見れば俺は異端なのだろう。同性愛は、今の日本では歓迎される感情ではない事は頭の隅にちょこんとあった。そう、あっただけ。  ここに来て、その存在がどんどんと膨らんでくるだなんて思っても居なかったのだ。  もし先輩が、俺を異端だと思ってしまったら。 ホモ、気持ち悪い。だなんて、距離を置かれてしまったら……。  最悪な状況をシュミレーションし忘れていた事に気付いたのは、先輩が俺の目を見つめ、小さく口を動かした時だ。  想定し忘れていたシュチュエーションが、正にいま始まろうとしているのではないか――俺がそう悟るまでに時間はかからなかった。
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