第二章

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 今から話す事は、俺が童貞を卒業するまでの、類稀なる感動的なストーリーである。  桜の花もそろそろ散り、新しい緑が顔を出す季節。朗らかな陽が差す昼間は、思わず眠気を連れて来るような、春の良き日。  言いかえれば、俺と先輩の気持ちが通じ合って一夜が経った、とある日の事である。  俺は、一本のパックジュースを宙に投げた。  全力投球をした直後。物凄い勢いで目標物に衝突しようとする寸前に、我ながら上手くコントロールが出来たなと、満足げに笑みを含む。 「……なんだよ、これ」  けれど、パシッと小気味よい音を立てて、渾身の一球は何事も無かったかのようにゴツイ掌に止められてしまった。……さすがだ。運動部の反射神経は伊達じゃない。  今回は負けを認めてやるが、次は覚悟しておけ、と無言で挑戦状を叩きつけた俺は、その場を去ろうと身を翻す。 「おい。待てよ、湯原」  瞬間移動でもしたのかと思った。  離れた場所で俺の投球を阻止したはずの宮田が、いつの間にか俺の腕を掴み、まじまじと俺を見降ろせる距離までやって来ていたのだ。 「なんだよ、これ」  先ほど掴んだパックジュースと俺の顔を交互に見遣る宮田の機嫌は、あまりよろしくなさそうだ。勝利をもぎ取ったと言うのに、敗者を徹底的に打ちのめさないと気が済まないとでも言うのだろうか。  俺は答える。 「ジュースだ」 「いや、それは分かってる」 「チョコヨーグルトDXいちご風味だ」 「だから、そうじゃなくって」  ガリガリと頭を掻いた宮田は、大きく息をつく。一体何が不満なのだと、俺は顔を顰めた。  別に、宮田がこの世界に対して持つ不満に興味はない。けれど、この腕を放してもらうためには、一切の興味がない宮田の意見を聞いてやるしかないのだと悟っていた。  何か言え、と宮田の言葉を急かす。こんな場面を先輩に見られでもしたら、付き合って早々浮気をしている最低な男に成り下がってしまうじゃないか。 「お前は、何のために俺にジュースを渡したんだって聞いてんだよ」  ジロリと差す視線に気付いた俺は、慌てて視線を逸らす。  目を泳がせる俺の脳は、どうにかはぐらかせないかと必死に策を練っていた。こいつは、エスパーか何かなんだろうか。
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