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頭で理解する前に、本能がここから遠ざかる事を拒否したのだ。俺を呼びとめた声の主は、言わずもがな、俺の天使。
そう、俺だけの大天使である佐々木先輩だった。
「良かった。すぐに見つかって」
「せ、せせんぱいっ! ど、どうしたんですっか!」
「湯原くんの連絡先、聞いてなかったなって思って」
「あ、え……連絡先……」
「うん。番号、教えてよ」
……すっかり忘れていた。違うな。俺の乏しい連絡先一覧に、先輩の名前が入る事など想像もしていなかった。
いつでもどこでも先輩の声が聞ける。その愛おしい指先で打ったメッセージが俺のスマホに受信される。夢にも思っていなかった事が今、現実で起ころうとしているのだ。
スマホを取り出した先輩に倣い、ポケットから、ただの薄い板と化しているそれを取り出そうとするが、指先が震えて上手く出て来ない。
「どうしたの? 大丈夫?」
「はは、はい。大丈夫、です……」
「赤外線、ついてる? 俺、受信するから送ってよ」
「は、いっ!」
やっとの思いで取り出したスマホを両手で掴み、震える指を叱咤しながら先輩のスマホへと連絡先を発信させる。
電話帳を一件送るだけだと言うのに、その時間は永遠のように感じられた。それはきっと、この時間が永遠であれば良いと俺が思ったから。
昨日まで、俺がただ先輩の情報を受信し続けていただけだったのに、こうして先輩が俺の情報を受信してくれる今日がある。
それは、とてつもない幸せに満ち溢れているように思えたのだ。
「湯原充くん。登録完了っと。ありがとう。また連絡するね」
にこりと至極愛らしい笑顔を見せた先輩は、そのまま身を翻す。先輩の存在の余韻に浸りながら、俺はぼんやりと手を振っていた。幸福の過剰摂取で眩暈すら起こしそうである。
嗚呼、幸せだ。先輩が放ったオーラは、まだ俺の目の前でふわふわと空気を浄化させていて、その全てを体内に取り込むように大きく深呼吸をする。先輩の匂いがした。
「……へぇ」
突如、低い声が俺の思考を楽園から現実へと突き落とした。落ちて行く思考とは逆に、顔をゆっくりと上げれば、すっかりと忘れていた宮田の存在を再認識させられる。
「あの人が、湯原の恋人?」
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