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放課後の昇降口。
とある下駄箱に一通の手紙を放り込んだ俺は、物陰に隠れて様子を伺っていた。下校時間になってすぐだと言う事もあり、人通りは多い。
だからこそ、隠れている俺の存在感は、一層無くなっているに違いない。息を殺して一つの下駄箱だけを凝視する。俺はあの下駄箱に手を伸ばす人の到着を、今か今かと待ちわびているのだ。
「おい、湯原。なにやってんだよ」
突然、背後から声を掛けられ、思わず跳ねた肩越しに首だけを回す。
「お、おっお、驚かせんなよ! 宮田!」
「こっちが驚いたっつーの。周りに変な目で見られてんぞ、不審者」
宮田光樹は真面目なスポーツマンで、なぜ俺なんかに関わろうとするのか分からないほどの優等生でもある。腐れ縁と言うのか、なんと言うのか……。
まあ、今はそんな事どうでも良い。宮田は短い黒髪を掻きながら、整えられた眉をへの字に曲げて、此方を見遣っていた。
「不審者じゃねぇし!」
「どっからどう見ても不審者だろうが。ここが学校じゃなかったら通報されてる」
「はあ? んな訳ねぇだろ、バーカ! 俺はただ、ちゃんと手紙読んで貰えるかどうか見張ってるだけだ!」
「……だから、その行動が不審だって言ってんだよ」
「知るかよ! もう、お前どっかいけ! しっしっ!」
宮田を手で払った俺は、ふぅと大きく息をつく。――余計な邪魔が入った。
気を取り直すため、何度も染めて痛んだ髪を指先で掻き上げてから、視線を例の下駄箱へと戻した……のだが。
「湯原くん! 何してるの?」
耳に入った柔らかい声。思わず口から心臓が飛び出しそうだった。大きく脈打つ心臓は、鼓膜をも震わせている。視線を戻したその先には、下駄箱が佇んでいるはずだった。それなのに、視界に映ったのは俺が待ちかまえていたその人。
佐々木郁也先輩が、俺の正面に立って居たのだ。
「さ、っささき! せんぱ、い!」
声が裏返る。平常心が保てない。先ほど、先輩は何と声をかけてくれたのか。数秒前の事すら思い出せないほど、俺の頭は冷静さを失っていた。
「うん」
先輩は返事をして、ニコリと笑顔を向けてくれる。可愛い。ほんと、可愛い。この無邪気な笑顔は、世の中を幸せにできる。世界常識に組み込むべき項目だ。
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