第一章

9/15
前へ
/41ページ
次へ
 俺は、ぶんぶんと首を振った。  この恋が成就しないなんてあり得ない。そんなあり得ない未来を想像した所で、これっぽっちの得もない事に気付き、平手で頬を叩く。  気合を入れ直すのだ。廊下を行き交う生徒達は、俺の気迫溢れるオーラに圧倒されたのか、わらわらと道を空けてくれる。  ここからが本番だ。  息を切らせながら辿りついた昇降口。俺は、今日も先輩の下駄箱の中に手紙を入れようとここまで走って来た。  柱の陰に隠れ、一度大きく深呼吸をする。ここで、宮田が言っていたように下駄箱の場所を間違えては元も子もない。落ちつけ俺。何度も言い聞かせた。  ――そんな時。 「なんや、郁。またラブレターかいな?」  姿を確認せずとも、俺の運命の人の気配を感じ取った。麗しい俺の天使は、今日も素敵なオーラを放ち世界を浄化している。 「通算五百通目のラブレターやな~。赤飯でも用意したるわ」 「沙弥。からかわないで。と言うか、五百通も貰ってないよ」 「またまた~。ま、それが一通目であれ千通目であれ、ジェラシー感じる事には変わりないわ。どこの馬の骨やも分からん女に郁は渡せへんってな」  ペラペラと軽い口調で嘘っぽい言葉を並べ連ねているのは、毎日のように佐々木先輩に付きまとっている男。蓮井沙弥である。  名は体を表す、とはよく言うもので。蓮井と言う男に関しては、まさにその通りだと思っている。蓮井の名を聞き、可愛い女子を思い浮かべる男は数知れないだろう。名前からして、人を騙そうとするペテン師。それが、蓮井沙弥なのだ。 「なあ、郁。その手紙捨てへんの?」 「何で?」 「せやから、ジェラシーやって。郁が見知らぬ女に取られるとか、想像もしとうないわ。そうなったら俺、生きていけへんもん」  ――……まさか。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加