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「女友達の名をかたって、私たちにしか分からない暗号を使って、あの方が送って下さったのよ。
……もうすぐ、もうすぐ戦地よりお帰りになると、そうしたら私をさらいに来て下さるって……」
うっとりと、文にほおを寄せるお姉様。
「皆が口々に言ったわ。
軍人などと結ばれたって、すぐに未亡人になるかもしれない、そうしたら不幸よと。
馬鹿にしないでいただきたいわ。
ええ、私はあの人が戦死なさったら泣くわ。
毎晩泣き通すわよ。だけどねこう子」
まっすぐに向けられるりりしい鳶(とび)茶色の瞳。
「いいこと。愛されなかった女には、泣く思い出すらないのよ」
ーーああ、……ああ。
「哀しみさえもらえない不幸に比べたら、孤独でも思い出に泣く方がずっと幸せよ。
いいえあの夜から、私はずうっと幸せ。
初めてお手を触れて下さったあの夜、今この一夜さえあれば、命なんていらないと思ったわ。
明日なんていらないと」
きっぱりと、そう誇らしげに結ばれる紅梅色のくちびる。
ーーなんて強いの。
……うらやましい。
でもそのうらやましいを手にするために、操をお捨てになることさえいとわなかったお姉様。
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