明治発熱 1 (片想い編)

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「女友達の名をかたって、私たちにしか分からない暗号を使って、あの方が送って下さったのよ。 ……もうすぐ、もうすぐ戦地よりお帰りになると、そうしたら私をさらいに来て下さるって……」 うっとりと、文にほおを寄せるお姉様。 「皆が口々に言ったわ。 軍人などと結ばれたって、すぐに未亡人になるかもしれない、そうしたら不幸よと。 馬鹿にしないでいただきたいわ。 ええ、私はあの人が戦死なさったら泣くわ。 毎晩泣き通すわよ。だけどねこう子」 まっすぐに向けられるりりしい鳶(とび)茶色の瞳。 「いいこと。愛されなかった女には、泣く思い出すらないのよ」 ーーああ、……ああ。 「哀しみさえもらえない不幸に比べたら、孤独でも思い出に泣く方がずっと幸せよ。 いいえあの夜から、私はずうっと幸せ。 初めてお手を触れて下さったあの夜、今この一夜さえあれば、命なんていらないと思ったわ。 明日なんていらないと」 きっぱりと、そう誇らしげに結ばれる紅梅色のくちびる。 ーーなんて強いの。 ……うらやましい。 でもそのうらやましいを手にするために、操をお捨てになることさえいとわなかったお姉様。
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