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急に降り出した雨に鬱陶しそうに顔を歪めながら、男は古びた木製枠の小窓を閉めた。
今は使われていない昭和の忘れ物のようなその狭いバーは、壁紙の至る所がはげ落ちている。
日の光を浴びるのを躊躇う輩(やから)達には格好の溜まり場となっていた。
はだか電球の薄暗い光の中に浮かび上がった3人の男女は、いずれも朦朧とした目で、中綿のはみ出したソファやスツールに身を沈めている。
灰皿にまだくすぶる非合法なタバコは、甘酸っぱい匂いを漂わせながら彼らの脳を痺れさせていた。
3人のうちの一人は痛んだ赤毛に細かいウェーブをかけた不健康そうな20代半ばの女だった。
その年齢にも関わらず肌は透明感を無くし、くすんで見えた。
名をアサミ。
手に持ったブルーの携帯電話を、閉じたり開いたりしながら弄んでいる。
2人の男のうち、ブリーチをかけた短髪の背の低い方が、アサミの手からその携帯を無言でもぎ取った。
「なにすんのよ、孝也」
「なあ、これって本当に、あの男のか?」
孝也と呼ばれた男は携帯を眺めながら、アサミにじろりと視線を投げた。
「ああ、きっとね。今朝念のためにあそこに行って見たら、それが転がってたから。石段の角に」
「どうする?」
「どうするって? 何が」
「絶対、殺ってるとこ見られたよな。あの男に」
「まあ、見られたかもね。目ぇ開けてたし」
「どうすんだよ。やばいって」
「仕方ないじゃん。あいつまで殺る時間無かったんだからさ。……ねえ、アキラ?」
アサミは、スツールに座る背の高いもう一人の男を見上げた。
「死んだんじゃね? あの男」
口の端で笑いながらアキラと呼ばれたその男は言った。
アサミの声色から、3人の中でその男が主導権を持っていることが伺われる。
「あの急な石段から落ちたんだろ。あとから運ばれてったけど、ダメだったんじゃねえ?」
左の首筋に刻んだ紫の蝶のタトゥーを震わせながら、アキラがもう一度嗤った。
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