第5話 動き始めた暗雲

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「まったく、人使いが荒いんだから~、長谷川さんは」 多恵はブツブツ文句を言いながら、分厚い洋書や写真集の束をドサリと長谷川のデスクの上に乱暴に置いた。 入社して以来コピー取りや雑用ばかりさせられて正直うんざりしていた。 面と向かって長谷川に、ちゃんとほかの先輩について仕事がしたいとぼやいた事があるが、そう言う雑用も大事なんだと軽くあしらわれた。 その様子を見ていた先輩社員の松川に、「菊池さん、あんた長谷川さんに意見するなんて度胸あるねえ」と感心するように言われたが、逆に多恵は、長谷川の何が怖いのか良く分からなかった。 「わ~~っ!」 山積みに置いた資料や雑誌の山が急に崩れ落ちそうになったのを、慌てて多恵は両手で押さえた。 タイミングが良いのか悪いのか、それを見計らったように、デスクに置いたままになっていた長谷川の携帯がブルブルと震えて着信を知らせて来た。 液晶の小窓をチラリと覗くと、そこには『玉城』と表示されている。 「あ、玉城先輩からだ!」 多恵は雑誌を押さえていた左手を放し、躊躇することもなく長谷川の携帯を取って通話ボタンを押した。 この現状を玉城にボヤキたかったのだ。 「は~い。長谷川で~す。なんちゃって」 相手が玉城なら気遣うこともない。多恵はワザとふざけてみた。 けれど一瞬の沈黙のあと、携帯からは玉城とは全く別の声が聞こえてきた。
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