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『あ、すみません。長谷川さんですか?』
聞き覚えのない男の声に、多恵は首をかしげる。
「あれ? 玉城先輩じゃないの? どうして? ……あ! そう言えば昨日先輩、携帯無くしたって言ってたわ」
一瞬、電話の向こうで安堵するような間があった。
『ああ、やっぱり。これは玉城さんの携帯なんですね。実はつい先程、神社の階段の下でこれを見つけまして。本人に親しい方に繋がればと思い、着信履歴を辿って掛けさせて貰ったんです。携帯を失くすとお困りでしょうからね』
「あらー。そうなんですか? それはご親切に」
『ご本人にお渡ししたいんですが、玉城さんは……』
「ああ、そうか、本人には連絡取れないですもんねえ。えーと、今朝はリクさんの所なんじゃないかしら。昨日ちらっと言ってたから。アドレスに『リク』って名前ないかしら。そこに掛けたらきっと玉城先輩もいるはずですよ」
『そうですか。どうもありがとうございます。では、失礼します』
「いえいえ。お世話様~」
そこで電話は切れた。
世の中には馬鹿みたいに親切な人もいるもんだと、半ばあきれ気味に多恵は携帯をパタンと閉じる。
その拍子に手がはずれ、辛うじて押さえていた雑誌の山が雪崩のようにドサドサと足元に崩れ落ちてきた。
「もう! まったく、やんなっちゃう!」
他の社員が出払った編集室で、多恵はひとり憤慨した。
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