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「あまりにも賭博の借金がかさんで、面倒を見きれなくなった子爵家では、長男のシンクレア卿を廃嫡して、次男のクリスチャン氏を――まだ十二才ですが――爵位相続人として上院に届け出る準備をしているとか。子爵邸に帰れないシンクレア卿は、知人の屋敷を泊まり歩いているそうです」
で、今はここに居候というわけか。
「初めまして、サー・ジュリアン。ぼくはグレアム・S・メリウェザー、コーンウォール出身の地方地主です」
「……初めまして」
礼儀正しく握手しながら、その実、ジュリアンはひどく苛立った目をしてぼくを睨んだ。
「こちらへはどういうご用事で?」
「いやあ、その……。正直に話していいのかなあ」
もしかしてこのアドニスは、見かけによらず、心霊研究家とか霊媒師などという胡散臭い連中とは関わり合いたくない、という堅物なのかもしれない。
息子の反応を図りかね、ぼくはちらっと母親の様子を確かめた。
そのとたん、ジュリアンの表情がさらに険しくなった。ほとんど憎悪だ。
――ああ、なるほど。
どうやら彼は、ぼくが母親の新しいツバメじゃないかと疑っているらしい。たしかにぼくは男爵夫人好みの、ブロンドの色男だ。
そりゃ、息子としては嫌だよな。レディと呼ばれる身でありながら、母親が息子と同年代の若い男と人目もはばからずいちゃいちゃしてるなんて。
「ぼくは、心霊現象の実践的研究をするためにロンドンへやってきました」
ぼくはジュリアンの手を離さないまま、勢い込んで言った。
「心霊現象の、研究?」
「ええ! 言うまでもなくロンドンは亡霊の宝庫ですからね。この街で交霊術を行えば、ウィジャ盤のプランシェットが動かなかった試しはない。ウィジャ盤による霊との交信術は、ご存じですか?」
「ああ……。あの、アルファベットと数字が書いてあるボードですよね。……知ってます。試したことはありませんが」
「それはもったいない。あなたにはすぐれた霊感がありそうだ。こうして手を触れればわかります。ぜひ、守護霊との交信を試みるべきだ。サー・ジュリアン。あなたを守護する神霊は、必ずやあなたに光明を与えてくれるはずです!」
「は、はあ……。それは……どうも」
ジュリアンの表情が見る間に弛んだ。そして、どう応えればいいかわからないと、というような中途半端な笑みを浮かべる。屋敷の仲介をした不動産屋もこんな表情だった。
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