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恋をして、結ばれて、なだれ込むように、
生活を共にするようになった。
出会って八年、恋に落ちて七年、一緒に暮らすようになって六年。
けれどまだ、二人が暮らす2DKの表札は二つのままだ。
*
「あと三時間十五分七秒~、六秒」
葉子は化粧も落とさずに、革製のソファにだらしなく、身を委ねていた。
スカートの隙間から可愛げのない下着が見える事など、お構いなしに手すり部分に膝裏を乗せ、右手でビール、左手に付けた腕時計で《明日》になるまでの時間を自棄になったような口調でカウントダウンしている。
「お前には恥じらいっちゅうもんが無いんか」
皿洗いを終え、キッチンから出て来た初老の男性は、そんな彼女の醜態に呆れるように吐き捨てた。
しかし葉子はそんなの無視してむっくりと身体を起こして、ビールを啜った。
「ねえ、京さん。明日って何の日か知ってる?」
「ん?緑の日ちゃう?」
「違います。バカなんじゃないの」
「明日は私の…」
「ああ、1つおばはんの階段を上がる日やな」
「おばはん言うな、自分だって親父じゃない」
「その親父に惚れたんはどいつや?」
その一言で葉子は反論出来なくなってしまう。
「俺の勝ちやな。俺は口喧嘩なら負けなしやって有名やったんや」
葉子の彼氏…いや彼氏という単語は似合わないかもしれない、
世間では旦那や父親という肩書が板についた、
四十九歳の京さんはくくっと肩を揺らして笑った。
鮎川葉子は、明日、三十八才になる。
所謂アラフォーという奴だ。
学生時代の友達が合コンや飲み会に現をぬかし、そこで出会った、それなりに格好良くて、収入が安定している男と結婚、出産、子育てと女としての人生を順調に歩んでいるのを横目に夢中で仕事をしてきた。
仕事だけに生きて来た。
その甲斐あって、社内でも指折りの「出来る女」「キャリアウーマン」そして役職を手に入れた。
その代わりに今度は心に寒い風がひゅるりと吹いた。
そんな時に出会い、十歳年上で、風変わりな京さんに恋した。
別に夢見る十代って訳では無い。
ウエディングドレスやヴァージンロードに特別な夢を見ているわけでもない。
けれど女を三十五年もやっていると、一人で生きるのに限界を感じるようになるのだ。特別な止まり木が欲しくなるのだ。
それなのに、今日も彼は愛を語ってはくれない。
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