女、アラフォ―…独身。薬指が寂しい年頃です。

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「何すんのや」 不服そうに京さんが、子供の様に口を尖らせる。 「この御猪口を返してほしかったら、 私の左手の薬指に円形のものをはめてください」 「円形のもの?なんやそれ、チクワとかオニオンリングでもええんか」 「いいわけないでしょっ。京さんのあほ!」  ふざける京さんにそっぽを向いて、カレンダーに目をやる。 世界の絶景カレンダーは、京さんが新年に買って来てくれたものだ。 中でもお気に入りは四月のページにある、耳馴染みのない国の海。 蒼く、蒼く、澄んでいて、いつかここに新婚旅行で行けたら良いななんて思っていた。 けれど今はその下に記された「バースデー」の文字が苦い。この苦みはきっと日本酒のせいじゃない。 「なあ」 涙が出そうになるのをぐっと堪えながら、 人差し指の腹で、その文字をなぞっていると、京さんの気配を背後に感じた。 「え?」 「結婚したいん?」 言葉が落とされるのと同時に、 京さんが大きな体は、後ろから葉子の身体を抱いていた。 包み込むように優しいけれど、指先が震えている。 次第に腕に入る力は増して行く。強く、強く。 「えっ」 「薬指に、指輪欲しいん?」 「ええっ」 「こんな俺の奥さんになりたいん?」 「ええ…」 「おんなじ名字になりたいん?」 質問につぐ、質問にあたふたしつつも、肩甲骨に響く心臓の音に心地よさを感じる。 「…欲しいです、なりたい、です。駄目ですか」 難しい問題の解答を命じられた生徒みたいに、葉子の口はロボットみたいにぎこちなく動いた。 後ろにいる京さんが小さく「うん」と頷いた。 「でもな。俺、結婚ってもんが分からんのよ。 好きって気持ちは分かる、お前さんのことは好きや。 でも結婚ってもんはさっぱりや。紙切れ一枚やんけ。そんな紙切れが無くても、好きや愛しているって気持ちがあるんじゃあかんの?」 その声が、あまりにも寂しげで、冬深まる頃の風みたいだったので、葉子の心はきゅうっと締まる。
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