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そうだ、確かに京さんの言う通り、結婚ってものに縋りついて女の哀れな性かもしれない。
確固たる愛があっても、籍を入れていない人は居る。
私達だって同棲生活六年、とても幸せだ。
でも…やっぱり、
「私は結婚したい」
首元に回された愛しい人の両腕を、掴みながら答えた。
京さんの腕はとても細く、血管が浮き出て、骨ばっている、そして中指の先には大きな生きている証のペンだこがある。
葉子はこの腕が大好きだった。
「なんで?」
「京さんは結婚指輪にどんな意味があるか知ってる?」
「知らん」
「あのね。
ギリシャではね左手薬指と心臓は1本の血管で繋がってる、
だから薬指に指輪をはめることで、
お互いの“心と心を繋ぐ”って意味があるんだって。
…京さんの心と私の心、繋げたい」
うなじに顔を埋める、年上だけれど子供の様な恋人の顔色は伺えない。
けれど照れていることだけは分かった、伝わってくるから。
「…俺の、心はニコチンまみれや。それでもええんか。そんな汚い心と繋がりたいんか」
「うん。京さんの心が欲しいの。身体は手に入った気に幾らでもなれるけれど、心は手に入ったかどうか分からない。言葉が無いと、証が無いと」
「女が身体は手に入った気に…なんて言うたらあかん」
「言葉のあやじゃない」
くすくすと笑い合い、二人を包んでいた霧のような不安や、言い表せないような灰色の感情が少し晴れる。
けれど、京さんが先刻以上の力で葉子を抱き締めるから、またもや雲行きが怪しくなる。
「…俺は幸せってもんがよく分からへん。
せやからお前を幸せにできる自信が無い。幸せに出来へんかったらどうしようって怖くなるんや」
「幸せにしてくれなんて頼まないよ。私が幸せにしてあげるから。
それに私は京さんの隣で美味しいお酒を啜れたらそれだけで幸せなの」
「…お前には本当に敵わん」
うなじに口付けを落とされたかと思うと、葉子を包んでいた手が緩む。
身動きを取れるようになった葉子はくるりと後方を向いて「隙あり!」と言わんばかりに唇を奪った。
「…結婚してください」
唇が離れた瞬間、京さんはちょっと顔を反らしてそう言った。
「遅いよ、京さん。その言葉、ずっと待ってました。」
☆
私達の暮らす2DKのアパートの表札がひとつになったのは、それから間もなくのこと。
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