記憶喪失

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 そしてある日、家族は俺の寝ている間に忽然と居なくなってしまった。 俺は正直焦った。俺に何も告げずに消えたのだ。俺は言いようのない不安に襲われた。 何も記憶を持たない、何もできない俺は、これからどうして暮らしていけばいい? いつまで、こうして家族の庇護を受けながら暮らさなければならないのだろう。 就職しようにも、履歴書に何を書けばいい? 俺には過去がない。  俺は言いようのない不安に押しつぶされそうになり、一人残されたリビングで膝をかかえていた。 そうしているうちに、俺は眠ってしまったようだ。すると、家族が帰ってくる気配がした。  良かった。俺は安堵した。泣いていた顔を見られるのがいやだったので、俺は顔を伏せて狸寝入りをした。 「お兄ちゃん、寝ちゃってるよ、こんなところで。風邪引くよぉ?」 妹に起こされそうになって慌てた。こんな顔を見られてたまるかよ。 俺は寝返りをうつふりをして、顔を背けた。 「もーしょうがないわねえ。」 母が毛布をかけてくれた。 過去がどうであれ、俺はこの家族と過ごしていれば幸せなんじゃないかな? 「ほんとうに帰ってきたんだねえ。」 母の声がしみじみと言う。 「あれからもう何年経つのかな。」 父の声。 「あの時は、本当にこんな日がくるなんて思わなかったわ。突然あの子が死ぬなんて。」 母は何を言ってるんだ? 「戸籍上、死んでないよ。」 「まあね。死亡届出してないしね。確実に還って来るってわかってたもの。おしら様のおかげだねえ。」 「お兄ちゃんの皮が痛んでなかったのが救いだね。外傷が全くない綺麗な死体だったもの。」 「外見はお兄ちゃんだけど、やっぱ中身は違うね。好きな食べ物とか。」 「お母さん、お兄ちゃんの中身って、なんなんだろうね?」 「さあ?でも、お兄ちゃんの姿で還ってきたからいいじゃない。」 「それもそうね。お兄ちゃんもあの世できっと喜んでくれてると思うよ。」 「そうだね。」 「そうだね。」 「そうだね。」 俺は背中が震えるのを堪えた。 俺は何?
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