ドナー

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「人化し始めた」 もうやめて、聞きたくない、叫びに似たその言葉を必死に口元で抑え、続く言葉を待った。 「私は検査を続けた、驚く事に被験体が絶命した後もその細胞は増殖を繰り返した、そして気付いた、私の人工RNAに欠陥があり未知のウイルスを生成してしまったらしいと、だが時既に遅し、被験体を焼却しても、レミは――」 「な、なに?レミはどうなったの?」 「うがっあっ」 突然、拘束衣でがんじがらめの和嶋が私目掛けて突っ込んできて、アクリル窓に激突した。 「ひいっ」 窓に顔を押し付け、見開いた目で訴えている、先程とは打って変わった狂気の形相だ。 「レ、レ、レミは、猿じゃないっ猿じゃないっい、いっ、キーッ」 「ど、どうしたの、いきなり、レミはどうなったの、教えてっ」 「レ、レミはいなかった」 瞬間、我に返ったように、私を見つめ彼は苦しそうに言った。 「い、いたのは、猿が一匹‥‥」 その後また彼は正気を無くして取り乱していた、自我が崩壊でもしたのか、言葉を話すことは無かった。 私はその場で腰を落とし床にへたり込んで動けなくなった、そして立ち会いの警察官に支えられその場を離れた。 人を猿に変えるウイルス‥‥ レミが猿に変化したとでも言うの? 違う、レミは死んだのだ、あの男に殺された、死体もあったじゃない。 科学者として全く常軌を逸する話だわ、まるでホラーやオカルトねハハハ。 額に吹き出た大量の汗を手で拭い、そう自分に言い聞かせたが、手指が震え、とてつもなく凍えた。 もし彼の話が真実だとしたら‥‥ そのウイルスにはどんな細胞変性効果があるのだろう、資料の一つくらい残っているのなら見てみようと、私は考えるのを後回しにした。 後日、私は再び和嶋の元を訪ねていた。 和嶋博士の研究資料は、その殆どが警察に押収されていて、知りたい事は本人に聞くしか無かったからだ。 本当にウイルスは有るのか? 和嶋のあの取り乱しよう、焼却処分の訳、どうしても知りたい事、それは彼に会えばすぐに解る。 今日は立ち会いの警察官の姿も無く、妙にプレッシャーの掛かるその扉を、私は開けた。 「こ、これは」 その和嶋の特別病室に本人の姿は無かった。 有ったのは脱ぎ捨てられた拘束衣と 一匹の猿だけであった。
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