第1章1「預言を預言する預言」

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 古代ローマ人がマグナ=グラエキア(大ギリシャ)と呼んでいた、とある属州に広大な島があった。  その名をシシリア。  後にはイタリア半島の一国として数えられ、古代には、ギリシャ人からトリナクリアと呼ばれた。トリは『三つの』ナクリアは『岬』で、つまり『三つの岬』を意味する。  この『三つの岬』はパレルモ、メッシーナ、シラクサの岬である。  後にトリナクリアが王の主権国家となった時代には、イタリア半島の、なんと十二分の一もの面積を占めるに至る大国へと成長することとなる。  だが、時は紀元後五世紀。  後にその名を轟かせ、ナポリ王国と権力を二分するトリナクリア王国の前身とはいえ、まだまだ取るに足らない、いちローマの属州である。  世間の評価は、いまだ田舎の僻地に過ぎない。  大洋は何処までも青く、時告げる風はなだらかに戦場の跡を流れる。  ひとたび街へと出れば、栄える都の喧噪が耳にこだます。  市場には盛り場の活気が満ちあふれる。 「へえ。アグリジェントの神殿の谷へ行くってか?」 「随分とまあ、遠回りな道だね」 「ヘラの神殿なら俺も行ったことあるぜ?」 「おいおい、ヘラクレスの神殿を忘れちゃ行けねえ」  男たちに取り囲まれ、旅人が困り果てる。  道を尋ねれば、二人も三人も喋りかけてくるのだ。  終いには、尋ねた方が参ってしまう。 「東にはギリシャ、そしてフェニキア、南に行けばカルタゴも、アラビア人もいるシシリアに来たのなら、なあ、おい、あんたもこの地中海の十字路で迷っていくべきさ!」 「そうだそうだ。人生は余りに短いというのに、あんたはここへ来たのだから」 「太陽を受けてオリーブが輝き、レモン実るシシリアへようこそようこそ!」 「マーギャグレーチャ(大ギリシャ)の都市国家から、古代ギリシャの遺跡まであるぜ!」 「………ええ。………そういえば、そうだ、友人が待っているので………私はここで」 「ああ、おいおい!」 「もう行っちまうのかい!」  困り果てた旅人は、逃げて行くがごとくにその場を後にした。一刻も早く、ディオスクロイ神殿の麗しく白い漆喰を見に行きたかった。  芸術の集う地方の属州シシリアには、人間の熱気も自然と集まっている。
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