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手本として渡された古典ギリシャ語の詩集をざっと捲って斜め読みすると、思い切り振りかぶり、適当にそこら辺へ投げ捨てた。
どんなに大事な書物といえども、外界から隔離された少女シビュラに取っては文章が書かれている紙にしか見えなかった。
老女シビュラを殺して、逃げようか。
けれど。いざ実行に移そうとなると、よい策を思いつかなかった。
それどころか、脱走したのを勘付かれた理由も、見付けられていない。
これだけは許し難かった。
全ての謎を解いてしまいたい。この謎が解けない限り、行動を起こす気にもなれない。
阿呆な妄想を捏ね繰り回すうち、老女シビュラが帰ってきた。
瓶(リュトン)に入っているヨーグルトを洞窟の奥に置かれていた空の瓶に補填しながら、老女シビュラは少女シビュラに課題を出した。
「書物のなかから、私が指定する文章を綴ってご覧なさい。九章四八九番」
少女シビュラは筆を取り、<何も見ず>に、サラサラと綴った。
表音記号だらけの古典ギリシャ語であろうと理路整然と並べてみせる、流麗な一筆だった。一見して、年端の行かない子供のものとは思われない。
何処まで長い文章を書いても一字一句乱さずに綴られていきそうな文字だった。
ΡΑΜΜΑΤΙΚΟΥ ΘΥΓΑΤΗΡ ΕΤΕΚΕΝ
ΦΙΛΟΤΗΤΙ ΜΙΓΕΙΣΑ ΠΑΙΔΙΟΝ ΑΡΣΕΝΙΚΟΝ,
ΘΗΛΥΚΟΝ. ΟΥΔΕΤΕΡΟΝ.
意味はさほど深くない。
『文法家の娘が愛を交わして産んだのは3人の子供で、それぞれ男性、女性、中性だった』。
言葉遊びの一環で、ギリシャ語の名詞にある性の変化に掛けて言っているのだ。
「丸暗記したのですか」
「ここで習ったもんとか、あんたがくれた本は覚えちまったよ。あんたから習ったから、声に出しても読めるよ」
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