第1章1「預言を預言する預言」

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 ギリシャ詞花集は単純に美しい詩だけではなく、言葉の面白味を巧みに取り入れた作品も多く収録している。  内容は分かり易く、面白く、勉強になるものもあり、大人から子供まで楽しめる詩になってはいるが、これはあくまで古典ギリシャ語が話されていた時代の詩である。  コイネー(数ある古代ギリシア語方言と、古典期のアッティカ方言(アテナイの方言)を元にした、ヘレニズム時代以降の共通ギリシャ語)は、この時代に多く扱われている中世ギリシャ語におけるカサレブサ(口語)の元になっている。  そして、事も無げに少女シビュラは文面を読み上げた。  異境の鈴の音色を思わせる声が、妖しげな歌のように洞窟を満たした。  文語的な言い回しをした中世ギリシャ語とも言えなくはないし、中世ギリシャ語読みを適応しても問題はないが、彼女の発音は老女シビュラの教えた通り、文字と文字との合間を縫って、流れるような古代の人の音をなしていた。 「何度も読んだのですか」 「え………一、二回くらい見たら覚えるもんだろ?」  老女シビュラは当惑していた。  悪戯小娘の、意外そうな、不可解そうな様子が偽りからくるものではなかったからだ。  彼女の眼と耳は、天武の才に恵まれている。  ただただ老女シビュラは滔々と話し、教えた。  だが覚えていると言われなかったので、普通人の教え方をしてしまっていた。  明らかに時間の浪費だ。 「あたしもさ、ほんとはさ、鳥とか、魚とか、川とか、海とか、街とか、人を見てみたいけど………ここにはないし外も出られねえし………」  信じようにも、信じられなかった。  年端のいかない小娘だ………と思っていただけに、老女シビュラは落胆せざるを得なかった。  己の見る眼の濁りと、アポロン神が遣わせた娘の、その出来の己との乖離に。 「そうですか。ではそろそろ詩作も教えましょう」 「え? 詩、作るのか?………あたし? 無理だろ」  少々、苛立ち紛れに老女シビュラは告げた。 「そうです。神宣は詩にするのだと、教えましたよね?」 「神懸かりになった状態で、詩にして告げるって言ってたけど」
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