第1章1「預言を預言する預言」

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 紀元五世紀。シシリア。 「ババア! シシリアには、クーマのような伝承があるわけねえんだよ!」 「言葉遣いが悪いですよ!」 「あたしは、他人なんだろ! 耄碌ババアの遊びに付き合う義務はない!」 「シビュラ!」 「あたしは、シビュラじゃない!  ここはシシリアだ、田舎の属州だよ!  目を覚ませ、このインチキ巫女め!」  ウェルギリウスのアエネーイスだと、クーマにいる巫女『シビュラ』が男を地下世界へ案内をする。  今しがたシビュラと呼ばれた少女は、その古典を引き合いに出し、老女を嘲笑ったのだ。  少女を育てていたのは彼女が物心がつく前から、彼女がババアと呼ばわる老女だった。  老女の名を、シビュラという。  少女を養う為に仕事をしている。  その職業もまた、巫女(シビュラ)である。アポロンからの神託を受け、人々にお告げを与えるのである。宣告は詩形であり、ときに謳うような神懸かりの声を伴わせ、未來を告げる。 『シビュラ』は元はと言えば、一人の女の名だったという噂もあり、数人の女司祭の名前だという噂もあれば、さもなければ『黒い女』を意味する言葉だと言う者もいた。  黒衣の女司祭シビュラ………その名に相応しく、老女もまた重々しい黒いベールを纏っていた。  そういった謂れは田舎の属州にまで伝わり、古代ギリシャの神殿と同じか、それ以上に大事な信仰の対象として扱われていた。  ときには平民の悩みを聞き、神の文言で答える事もあれば、役人たちの政治的な羅針盤としても扱われていた。  だが少女……シビュラにしてみれば、面白くない。  遊びたい盛りなのに、森の奥にある洞窟暮らしを余儀なくされ、老女シビュラの後継者としての巫女修行のみで一日が終わってしまう。  いや、それだけならまだ耐えられたかもしれない。  日に日に成長していく少女シビュラは外界への好奇心が膨らむ一方だった。  外界の話を聞くたびに、心は想像を膨らませ、書物を読めば知識以上に空想が膨らんだ。  どんなに外国語を学んでも、詩を教えられても、託宣する相手の一人もいないでは頭ばかりが重くなる。  話し相手に老女シビュラ一人というのも詰まらない。老女シビュラとしか暮らして来なかった少女シビュラは、老女シビュラが託宣するときは決まって別の洞窟に軟禁されていたのだから、不満も仕方のない事だった。
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