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いまにも死にそうなドブネズミが猫を睨むような瞳で、少女シビュラは嗚咽した。
「おかしいと思ってた。このババア。騙しやがって。言ってないから、嘘じゃねえってか? ああ、そうかよ、名前も知らない母さんには、いつだって、会えると信じ込ませて………」
「嘘はひとつも申しておりません」
これっぽっちも温度が変わらない声色は、更に続けて少女に問うた。
「何故、教えなかったか、分かりますか?」
真実を見据える瞳孔の力。
重々しい老女シビュラの肉声に、少女シビュラは言葉をなくす。
か弱い瞼の後ろ側では、めまぐるしく思考の本棚が躍る。
「あたしを、傷付けたくなかった………から?」
「いいえ。生まれによる悲しみがあれば、誰しも傷つかずにはいられません。逃げられません。けれど私は貴方ではありません。生まれの悲しみは拭えません。
嘘は幾らでも言えますが、貴方は嘘を見抜くでしょう。
本当の意味で、貴方が望む答えは、決して与えられません。親から捨てられた子ども。その悲しみを癒せるのは、貴方だけなのに、私がその傷を抉るなど、出来よう道理がありましょうか」
老女シビュラは星を読む天文学者のように、丁重に少女の髪を撫でた。
「貴方が自ら答えを見付けなければ、納得になど至れません。ですから、言いませんでした。貴方に良識が生まれるまでは黙っている事にしたのですよ」
「リョ―シキ?」
「考える頭があるのならば。
新たな貴方の求めるところの答えを、得るに足る人間となれるはずなのですよ」
「………あの、シビュラ様」
「はい」
「どうして、あたしがここにいると分かったのか、教えてくださいませんか?」
急にしおらしい態度になった少女シビュラから訊ねられ、老女シビュラはほんの少しだけ眉根をそよがせた。
普段より微妙に早く瞼が開閉している。
少女シビュラには、それだけで十分な解答だった。
機微さえも見逃さない、涙目の下から突き上げてくる視線に………狼狽しそうになる怯懦(おびえ)を忍んで、老いた女はつい口を挟んでしまった。
「………気付いたのですか?」
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