第1章 ただ恋をしたかっただけなのに

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時村さよ子と 北野原けんじが、 付き合う事になった噂は、すぐに広まった。 北野原けんじは、才能はあったが インパクトのある外見と 軽薄さで、誰からも敬遠されていた。 一方、時村さよ子は 人前で、自分から喋る事は殆どなく、 真面目で大人しい印象であった。 さよ子は、高校を卒業してから 通っていた画塾で憧れている先輩がいた。 その先輩は、川谷圭助といい 身長が高く、顎も長かった。 目も細いし、取り立ててイケメンでは 無いのだが、誠実な人柄と コツコツと何でも研究し努力する姿勢が 好感を呼び、誰からも好かれていた。 さよ子は、片想いをしていた。 付き合いたいというのでも無く ただ会えると嬉しかったし いつも先輩が 話かけてくれるのを待っていた。 さよ子の仲の良い友人の一人に 杜川篤子という元気の良い女の子がいた。 その当時のクラスメイトだった。 彼女は、一緒に画塾に通っていたが 両親が離婚して、経済的に余裕が無くなり 美大を目指すのは辞めて働き出した。 やがて、彼女は圭助先輩と結婚した。 さよ子の淡い思いは 自分の胸に秘めたまま、誰にも知られず 閉じ込められたままだった。 ただ一度だけ、さよ子は 圭助先輩の家に呼ばれて遊びに行った事がある。 先輩の家は近くに、西武新宿線の 列車が通る踏切があった。 駅からは段々と緩やかな坂があり 登っていくと、幾つもの戸建ての家が建ち並ぶ。 圭助先輩と横に並んで歩き、時おり さよ子が、先輩の顔を見上げると 優しく微笑み返してくれた。 自宅に入ると、圭助先輩は 恥ずかしそうに、お茶を入れてくれた。 なんであの時、先輩に好きだって 言えなかったんだろう? 言えなかったとしても またこうして会いたいって どうして言えなかったんだろう? さよ子は後悔した。 杜川篤子には、自分の気持ちは悟られないように さよ子は口を告ぐんでいたのだが 結婚する前に、篤子に再会する機会があり その同窓の席で、さよ子に篤子が言ったのだ。 「ほんと、悔しいよ  圭助ったら、さよ子はなかなか  いい雰囲気持ってるって  いつも、スゴイ誉めてるんだからぁ  あたし、悔しいよ」 篤子は酔っぱらっていた。
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