第1章 ただ恋をしたかっただけなのに

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北野原けんじとさよ子は 付き合い始めて半年が経っていた。 けんじは、早くも、将来は結婚したいと さよ子に言っていた。 さよ子は、にっこりと大人しく頷くだけで はっきり返事はしなかった。 けんじは、その微笑みは了承と理解した。 さよ子は学校が終わると 買い物をして、独り暮らしの けんじの部屋に行き、夕飯をこしらえた。 さよ子は料理は子供の頃から 手伝いでやっていたが 煮物は作った事が無かった。 けんじは、口うるさかった。 「あぁー、お前ぇ、何やってんだよぉ?」 「いいかあ、これはこうするものなんだよっ」 けんじは、この頃からさよ子に怒鳴るようになった。 その日もけんじは急に機嫌が悪くなった。 丸く低い茶色のテーブルで、いつも食事をしていたが けんじは、突然、怒りだした。 「あぁー、くそお!」 けんじはテーブルをひっくり返した。 せっかく作った料理が、全て畳に転がり 味噌汁の入ったお椀から、ワカメが飛び散った。 さよ子は、またかと身を震わせた。 けんじは、さよ子に言った。 「何だよ、その目は」 さよ子は、上目遣いに、けんじを 恐る恐る見上げるだけで、返す言葉は出なかった。 「ご免なさい」 そう囁いて、さよ子は頭と首を下に下げ、肩をすくめた。 「その卑屈な格好は辞めろっ」 けんじは、自分のこぶしを口の所に持ち上げ ぶるぶると小刻みに震わせ、目は充血し さよ子を睨み付けた。 さよ子は、とっさに後ずさりをした。 「か、帰る」 さよ子は、やっとの思いで声を出した。 すると、けんじは 急に我に帰って、土下座した。 畳に頭を擦り付けて、さよ子に言った。 「俺が悪かった。お願いだから帰らないで」 「優しくするから、俺を、嫌わないで」 そう言って、さよ子に抱きつくのだった。 けんじは、顔に傷あとがあった。 右の頬っぺたには、漫画の中に出てくる やくざのようにバツ印があった。 事故に合った時、車の助手席に 座っていたため、フロントガラスに 頭を突っ込んで、顔中にガラスの破片が 突き刺さり、手術では、顔に関しては 応急処置的に行われたのだ。 けんじは、意識不明の重体だった。 生還して半年後に、けんじは さよ子にデートを申し込んでいた。 「俺、真面目に出直したいんだ」
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