第1章

9/17
前へ
/17ページ
次へ
「何にもしてねえよ」  見えすいた嘘はモロバレだ。 僕の手首の包帯は全部解かれ、まだ血の匂いさえしそうなほど生々しい傷口が、梓の前にさらされている。  梓が僕のほうに速足で歩いて来る靴音がし、それが止まったと思ったら、いきなり頬にすごい衝撃と痛みが走った。 頬を張られたんだと後から気づいた。 「こんなことして、椎菜が喜ぶとでも、本気で思ってるわけじゃないよね?」 「あいつが……あいつが言ったんだ。ずっと待ってる、って」 「すぐに来て、とは言ってないでしょ? 自分に都合よく解釈して逃げないでよ! あんたにそんなことされたら椎菜のご両親だって、立つ瀬がないよ。あんたの親に顔向けができないでしょうが」 「俺が……俺がバイクの事故さえ起こさなきゃ……。椎菜の親だってそう思ってる」  しばらく梓は黙っていた。 「椎菜のパパとママが保にどれだけ感謝してるか、わかる? お葬式にも出なかった保に、それをどうやって伝えたらいいのかわからないんだよ。それなのに、またこんなことしようとしたの?」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加