一章

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「ほら。遅くなったけどご飯だよ」 「にゃっほーぅ」 エレーナは器用にスプーンを使って食べはじめる。 彼女の手足はマレー熊の子供のように白く尖った爪と柔らかな毛に包まれている。 髪の毛も同じ茶色の巻き毛で小さな耳が辛うじて見える程度だ。 顔はどことなく動物っぽい印象を抱かせるものの表情は人間の少女そのものだった。 「まだ着替えてないの?」 ラファエルはいつまでも着たままの衣装に口をすぼめた。 衣装は各自で管理するきまりだが、彼女たちの分はラファエルが洗濯しなくてはならない。 「んーーー」 あっというまに食事を完食したエレーナが面倒くさそうに衣装を脱いだ。 ラファエルは慌てて後ろを向く。 エレーナはこういったことに無頓着で、ラファエルはたびたび赤面する羽目になる。 彼女はマレー熊たちと同じく裸でも良いと考えているらしい。 「アンも脱ぐにゃ。  こら、トロワ。  ちゃんとバンザイしないと脱がせられないにゃ」 ラファエルが振り返るとシュミーズ一枚となったエレーナがマレー熊たちの衣装を脱がしている。 どうにか三匹から衣装を引っぺがすと、また先程と同じように寝そべった。 「もう……本当にだらしないなあ」 檻の外に脱ぎ散らかした衣装を拾い集めながらラファエルはため息をつく。 「あ、怪我のほうは痛む?」 エレーナの頬の擦り傷に気づいたラファエルは鞄から救急箱を取り出すと、エレーナを檻の縁に座らせて彼女の傷口に薬を当てた。 「うっ……いたたたたにゃ」 今日のショーで彼女が乗った踏み台の脚が壊れたのは演出ではなかった。 一部の団員による心ない悪戯だ。 彼女の気が弱いのを良いことに、ときどきこうした悪意が彼女には降りかかった。 エレーナは染みるエタノールにずっと顔をしかめていたが、急に鼻をひくつかせた。 「あれ、なんか甘い匂いがするにゃ……」 「ふふん。  実はマーサおばさんから売れ残ったレモネードを分けて貰ってきたんだ」 ラファエルが開けっ放しの鞄から水筒を取り出すとエレーナの瞳がきらりと輝いた。 「やったにゃ!」
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