一章

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荷物を握りしめ、いつでも逃げ出せるようにする観客もいるなかで、少女はマレー熊たちの前に置かれた小さな踏み台に足をかけた。 「ひゃんっ」 少女が乗った瞬間、脚の一つが折れて少女は顔から地面に着地した。 そのあまりに無様な転倒ぶりに劇場はどっと笑いに包まれる。 少女は擦り傷の出来た顔をさすりながらも笑顔を絶やさない。 今度こそ助手が用意した新しい踏み台に立つと、マレー熊たちにお手、お座り、玉乗り、なわとびと次々に芸を披露させた。 観客たちが惜しみない拍手を送る。 少女は客席に一礼をすると、今度はマレー熊たちに混ざって肩を組んだ。 ここぞとばかりにアナウンサーが声を張る。 「ショータイムッ!」 オーケストラが速いリズムで楽器を吹き鳴らした。喧噪のリズムのなかで少女はマレー熊たちと一緒にスカートの端をつまんで、なかに着込んだシュミーズが露わになるほど両足を交互に高く上げた。 「エブリバディ、カンカン!」 酒場で始まり、風紀を乱すとして禁止令まで出されたカンカンも、サーカスでは一種の娯楽に定着した。 若い娘ならば男たちの物欲しそうな目線を独占する踊りも、マレー熊たちにかかれば可愛らしいダンスでしかない。 彼女たちが恥もなく小さなお尻を突き出しているあいだ、場内には一ダースの白馬たちが登場して一糸乱れぬ竿立ちを披露した。 ――いいぞっ、もっとやれ! 酔っ払いが大声で叫んだ。 やがて白馬のうちの二頭が場内をぐるりと駆け始める。 どこからともなくやってきたコリー犬が器用に白馬に飛び乗ると、併走する馬の背を交互に乗り移った。 あまりの見事さに観客は拍手喝采を送る。 半獣人の少女も犬の真似をして白馬の背中に飛び移ろうとするが、これがまったく上手くいかない。 助手たちがあの手この手を使ってどうにか成功するよう手配して、少女も諦めずに何度も繰り返した。 その愛くるしい道化(クラウン)の必死さと助手のコミカルな様子のギャップが観客の笑いを大いに誘う。 ――頑張れぇ! エレーナァ!! そのうちに応援の声があがりはじめた。 「にゃんっ」 大声援のなか、最後に助手が天井から吊るしたロープで引っ張りあげて、少女が馬の背に乗り移ると、場内は万雷の拍手がわきあがった。
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