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■二
劇場はすっかり閑散として、あたりには掃除夫の姿しか見えなかった。
サーカスの関係者たちはとっくに引き揚げている。
年配の男が多い中でひときわ幼い少年がひとり、懸命に機材を舞台裏に運んでいた。
少年から青年に変わる手前の華奢な体躯はこのあいだ十三を迎えたばかりだ。
乱雑に切られたぼさぼさの灰色の髪。
同じく灰がかった瞳は何にでも興味を持ちそうにきらきらと輝いている。
「いそがなきゃ……」
ここで少年に割り振られた仕事は多い。
急いで機材を片付けてしまって、すぐに食事の準備をしなければならない。
少年は早く曲芸師になりたかった。
一番人気があって儲かるからだ。
病気の母の治療費を少しでも多く稼がなくてはならなかった。
だが、まだ芸は教えて貰えそうにない。
ここに来て二年になるが、いまだに働きの一番下っぱだ。
トイレの清掃から動物の世話までありとあらゆる雑用を押しつけられていた。
「よいしょっ」
少年は重たい器具を収納庫にしまう。
背丈より大きいブランコは一人で運ぶには重労働だった。
だが誰も手伝ってはくれない。
曲芸師の助手ですら、師匠が見ていないところではしらんぷりだった。
だからといって少年が手を抜けるわけではない。
機材に傷の一つでもつけようものなら折檻されるのは少年だからだ。
明かりの消えた収納庫で黙々とブランコを磨いては布を巻き、木箱にしまっていると遠くから足音が聞こえてきた。
ひとつは杖をつく音で支配人(ミステル)であることがわかる。
こちらに向かって歩いてきているようで話し声は少しずつ大きくなった。
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