第1章

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拝啓 山内慎一郎さま あなたにきちんと手紙を書くのは初めてで、少し緊張しています。 おかしいですね。ずっと一緒に暮らしていたのに。 それとも、ずっと一緒に暮らしていたからかしら?そうかもしれません。 あなたはきっと、ひとりじゃ何も出来ないだろうから手紙を書きます。 どうせ、ろくなものを食べていないのでしょう? きちんと食べなきゃだめよ。 あなたにも作れそうなレシピをまとめておきました。台所の棚に置いてあるので作ってみてください。 食材は駅前のスーパーでいつも買っていました。お魚だけは商店街の魚勝さんがいいわ。あなた、お刺身好きでしょう? 洗濯の仕方は分かるかしら。家電の説明書は本棚の一番下に入れてあるので、読んでみてください。説明書を読めば分かりますよ。 スーツやコートは近所の中田クリーニングさんに頼んでね。とても親切な方だし、仕事もとっても早いのよ。 あと、通帳の場所も分かっていないのでしょう? 仏壇の左の引き出しです。浪費にはくれぐれも気をつけて。あなたは大丈夫って信じてるけれど。 ひとりで暮らすのに慣れたら、自分一人で何でも出来ると思ってしまうかもしれないけれど、たまには啓介のことも頼ってあげてくださいね。息子に親孝行させてあげるのも親の役目ですよ。 もう、私には出来ないから、よろしくお願いしますね。 あとは何か不安なことはある? 私は心配でしょうがないのだけれど。 あなたをひとり残して逝かなければならないのは、とても残念なのだけれど。 でも、しょうがないわね。 もう、年だもの。 先に謝っておくわ。 あなたをひとり残してしまってごめんなさい。 ふふ、書いてから気づいたけれど、全然先じゃないわね。 私が死んでどれくらい? 分かりやすいところに入れておくつもりだけれど、すぐに分かったかしら? 一年とか経ってたら嫌よ。 ……見つけてくれなかったらどうしよう。少し不安だわ。思いっきり見つけやすいところ、探します。 ちょっと長くなってしまったわ。 もっと話したいこともあるのだけれど、これくらいにしておきます。 だってまた会えるでしょう? その時は私が死んだあとのこと、たくさん教えてくださいね。 私、ずっと幸せだったわ。 あなたと結婚して、啓介が生まれて、これまで生きてこれたこと。 あなたといられたこと。 本当にありがとう。
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