3章(途中)

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  「と言いますのも、さっきわたしが外しました横木、あれには鳴海さんの指紋が検出されるようなことはなかったからなんです。すでにお分かりのことでしょうが、鳴海さんは当時、軍手のようなものを装着していたわけではないですし、またそういうものを身につけていたわけでもありません。手は裸の状態だったんです。こうなると、そこから瑞枝さんの指紋が出てきたとおりに、鳴海さんの指紋もでてくるべきなんです。それがなかった――ということは、鳴海さんは正門から入ってくるようなことはなかったとなってきます」      私は背後を振り返った。外階段を通じて出入りできる、通用口。他に出入りできる場所はそこか、一階の二枚の窓ぐらいなものだ。      私の動きに合わせてのことか、透ヶ川刑事が如在なく移動して扉の前に立った。取っ手に手をかけ、戸を押す。まぶしい光が射し込んできた。     「まちがいなくここから入ったはずなんです」      と、彼は言い、私の反応を見守るように間を持った。私は立ち上がらずにはいられなかった。そして、彼と目を合わせた。     「二階から……入ったんですね?」     「そう、二階から」     「すると、どうして階下で殺されるようなことになったのでしょう」     「ちょっと待って下さいよ」      と、彼は手を差し伸べてわたしを制してきた。そして、気を溜めて私に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。     「どうして、階下で殺されたと勝手に決め付けるんですか?」      私は彼の問い詰めるようなその顔に恐怖を感じて、思わずびくりと肩を跳ね上げてしまった。でも、ここで彼にリードを許したくなかったから、私は気張った。      私が言い返すその前に透ヶ川刑事が重ねて言った。     「たしかに血痕が付着したフェルトは階下にこそあったわけですから、そこで殺されたと考えるのが筋でしょう。でも、フェルトに付着した血痕の証拠以外に被害者である鳴海さんが階下で殺されたとする根拠はないのです。それに、伝え遅れましたが……鳴海さんの死体には転落したことによる外傷がこれといって見つからなかったのです。つまり総合しますと、こういうことが言えるのです。血痕が付着したフェルトさえ移動してしまえば、なにも階下で殺されたことに限定する必要はないのだ、と」      沈黙が拡がる。    
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